スポーツ歯科という分野をご存知ですか?

歯科衛生士の立花です。
みなさん、東京オリンピック・パラリンピックは観戦しましたか?
コロナ感染下での開催で様々な意見はありましたが、アスリートの方々の身体能力の高さには驚かされましたよね。
今回の特集では「歯科とスポーツ」の関わりについて取り上げてみたいと思います。

スポーツ歯科という分野をご存知ですか?

日本でスポーツ歯科が注目されたきっかけは、1984年に開催されたロサンゼルスオリンピックで、歯痛や歯茎の腫れによってパフォーマンスが低下した日本人選手がいたところまで遡ります。
3年後の1987年、オリンピック日本代表候補選手に対する歯科検診がはじまり、年一回の歯科・内科・整形外科のメディカルチェックが義務づけられるようになりました。

オリンピック選手に限らず、様々なスポーツ選手の歯科に関するサポートを行うのが「スポーツ歯科」の分野です。広義の意味では、高齢化社会を迎える日本において「スポーツを通じた健康寿命の延伸」といった目的も有しています。

また、2011年に「スポーツ基本法」が施行されたことにより、マウスガード着用をする動きが推進され、現在では多くのスポーツでマウスガードの義務化が行われるようになりました。部活動・習い事・アスリートの世界で、幅広く着用されるようになっています。
こうした歴史を経て、現在のスポーツ歯科は以下のような役割を担っています。

①スポーツ選手の歯科検診・お口の健康管理
②スポーツによる、お口のケガを防ぐため、マウスガードの製作・調整
③スポーツによる怪我(歯の破折・脱落・顎の骨折)の治療・相談、救護
④現場関係者に、お口のケガに対する応急処置の方法を指導・教育を行う
⑤運動能力と咬合機能についての研究を行う

スポーツ歯科

スポーツをしている人のお口の中の状態ってどうなの?

「スポーツをしている人のお口の中は悪い傾向にある」とされています。その理由として、
①糖分の多いスポーツドリンクや、栄養補給食品を頻繁に摂取しやすい
(飲食の回数と量が多いことが問題で、むし歯や歯肉炎を引き起こす原因となります)
②呼吸数や口呼吸の増加・運動時の緊張・脱水状態によって、口の中が乾燥状態になりやすい
(歯を守る唾液の力が発揮されにくくなり、むし歯や歯肉炎を引き起こす原因となります)
③練習などで多忙のため、歯科への通院がしにくい
(健康管理のために歯科を受診する機会を作れない)といったことが挙げられます。

確かに部活動やクラブ活動を熱心にしている患者さんの中には、スポーツドリンクや塩分やミネラル補給のためのアメを頻繁に摂取していたり、スポーツに割く時間が多いため、毎日の歯磨きや定期的検診といったお口の健康のための時間を確保しにくい様子が見られることがあります。

実際に口の中が悪い患者さんにも度々出会います。熱心にスポーツに取り組んでいる場合、お口の中が上記のような傾向になりやすいことをしっかりと知っておくことが大切です。

咬合機能が良いことで、パフォーマンスの向上につながるのでしょうか?

■筋力アップが期待できます

歯を食いしばることで、筋力が4~6%程度アップすると言われています。数字にすると僅かですが、コンマ1秒を争うような競技では1%でも勝敗を分ける大きな差となり得ます。

スポーツ歯科

■重心や姿勢の安定が期待できます

上下の歯でしっかり噛めている場合と、噛み合わせが悪い場合とでは、伵合接触面積はなり、重心動揺(直立した場合のふらつき)に違いが生じます。様々な研究結果から、奥歯の噛み合わせを失ってしまうと、体の揺れは大きくなることが分かっています。
歯を噛みしめると首にある筋肉に力が入り、首が安定します。首が安定すると体の軸がぶれないため、結果的に体を動かしやすくなったり視線が定まりやすくなり、パフォーマンスの質の向上につながります。軸が要といわれる体操やフィギアスケート・射撃やアーチェリなどの競技種目において「軸がぶれないこと」は重要な項目となります。

重心や姿勢の安定は、スポーツ以外にも、筋力や活動が低下している「高齢者」にも重要な項目となります。奥歯を喪失したまま放置していたり、入れ歯の未装着状態では、重心が不安定となり転倒などの問題が生じやすくなります。転倒がきっかけで、要介護に転じてしまうケースも少なくありません。
お口の機能低下と身体の機能低下は密接に関係するため、双方の機能を維持するためにも体操や散歩・ 軽いトレーニングなどを高齢者に推奨することも「スポーツ歯科」の大切な役割となっています。

■集中力や判断力が高まります

「噛むこと」で認知機能を司る脳の前頭前野の血流がよくなり、集中力と判断力が高められます。また噛むことは唾液の分泌を促すため、スポーツをする人にとっては試合中の喉の渇きを抑える効果が期待できます。また高齢者にとっても「噛むこと」ができるお口の状態は「話したり食べたり飲み込んだり」という機能を円滑に進める助けとなります。

※すべてのスポーツにおいて「噛めばパフォーマンスが向上する」というわけではなく、スポーツ競技の特性によって噛み合わせの関与は変化します。研究の蓄積から、身体を固めるような防御的動作では「噛む・噛みしめ」はパフォーマンスを向上させますが、「走る・投げる」などのスピードが要求される動作ではパフォーマンスを落とすことが分かっています。
パフォーマンスを上げるには、どのタイミングで「噛む」能力を発揮させるかが重要です。例えば野球の場合、バッターがボールを打つ際、バットにボールが当たるまでは噛まずにリラックスした状態を作り、素早く身体を動かせるようにしておきます。そしてボールが当たる瞬間に、グッと力を噛みしめてバットを握るように力を入れる。これが理想の身体の使い方だそうです。動作に合わせて、身体の使い方だけでなく噛む程度も変えていく。難しいことですが、実現できるからこそパフォーマンスが上がるんですね

さいごに

常々お話ししている「鼻呼吸の大切さ」は、スポーツパフォーマンスの向上にも大きく関わっています。 激しいスポーツをしているとき、「鼻呼吸」が追いつかず「口呼吸」を行うことになりますが、それを癖にさせないことが大切です。運動中に「口呼吸」をコントロールすることは難しいため、運動の合間や休憩時は「鼻呼吸」を心がけましょう。また運動後は「鼻呼吸」に切り替え、正しい口元の姿勢を意識して過ごしましょう。トップアスリートの選手の中には「口呼吸の口元・顔」のまま成長してしまった人を度々見かけます。口呼吸の習慣は長い目で見た時、パフォーマンスを低下させる要因になるとされています。