口腔の小帯異常

1, 上唇小帯

上唇小帯とは、上唇内側で一端は上顎正中部歯肉より上方に、他端は口唇内側に付着している三角形を呈したヒダのことです。この上唇小帯は加齢とともに、歯の根っこの方へ付着している部分が移動していくのですが、まれにその移動が上手く行かない時、前歯間に硬い組織層として残存し種々の障害を引き起こします。



たとえば、3歳頃に付着部位が移動せずに異常形態として考えられているものとしては、下図の2つの形態があげられます。(4型、5型)さらにこの時期に上顎前歯部間に隙間が開いている場合には、正常な形態への変化が難しいと言われています。
そこで、この上唇小帯はどのような機能を有し、また生理的な変化を認めない時には、どのような障害をもたらすのかについてお話していきます。


「4型」先端は線状で、 付着位置は低位で短く口唇へ幅広く移行

「5型」先端は太く、付着位置は低位で、口唇へ幅広く移行


(1) 上唇小帯の生理的機能と異常による障害?

上唇小帯の生理的機能としては上唇の運動を制限し、上唇の位置を固定するのに役立っているといわれています。そのため、小帯の付着部位がより歯冠側にある場合には、上唇運動の阻害や上顎中切歯の萌出障害や位置異常、また、口唇運動の阻害による食物の停滞性が高まることと、歯ブラシが届きにくい事による歯肉炎とむし歯の発生があげられます。さらに、成人では歯周疾患との関連が重要視されています。

【-正中離開について−】

上唇小帯に関して、矯正学的にもっとも一般的な障害としては正中離開との関係があげられます。もちろん、正中離開は小帯の異常のみによって発生するのではなく、正中部の過剰歯の存在や側切歯の先天性欠如、また指しゃぶりや舌癖等からも発生するため、これらの原因について検討しなければいけません。しかし、 原因がこの小帯以外に考えられない場合に切除を検討項目に加えます。この小帯の切除によって明らかに正中離開が改善されたという報告もあれば、小帯と正中離開は関係がないという報告もあります。ですが小帯異常を持つ患者の正中離開は、もたない患者に比べると離開度は広いように思われます。しかし、犬歯萌出後も正中離開を認められる症例に矯正治療を施した場合、後戻りは3分の1の症例に見られますが、離開の程度は、わずか0.6mmあるいはそれ以下であったとの 報告があります。そのため矯正力は、小帯の付着部位を改善し、形態的にも肥厚していたものを線状型へと委縮させていく作用をしていることから、小帯異常による正中離開の改善は矯正処置を優先的に考え、矯正治療後に小帯の委縮状態を確認してから切除を決定しても遅くはないのではないかと考えています。


(2) 異常な上唇小帯の位置はいつどのようなときに行うのか??

ほとんどの症例では、小帯の付着位置や形態は生理的に変化していきます。小帯の付着部位がより歯冠側にある場合であっても、側切歯の萌出によって小帯は委縮し、正中離開が改善されたという報告もあります。そのため、口唇の運動を著しく抑制し、その障害を訴えている様な症例を除いては、永久側切歯、犬歯の萌出が完了した後に、正中離開の原因や小帯の付着部位による周囲組織への障害を考慮してから切除を考えても良いのではないかと考えます。

「短縮が著しく、口唇運動の制限も大きかっ たため、上唇小帯を切除した症例写真」

「肥厚型上唇小帯の永久歯萌出後における経年的変化」



8歳3ヶ月時では、付着位置は乳頭部で正中離開を認める。



9歳、11歳時では肥厚型に変化はないが、正中離開は閉鎖してきている。



12歳時では、形態も線状に変化しつつある。



2. 舌小帯

舌小帯は、舌を上アゴの方向にあげたときに、舌の裏面の真ん中から起こり、下アゴの歯グキについている一本の緊張したヒダです。舌小帯の形と付着位置について、異常なものの定義としては、口を大きく開け、舌を上アゴの方へあげたときに、上アゴに届くことが できず、舌を前に出したときに、舌の先がハート型に割れて2つに見えるものとしています。



しかしながら、この小帯も上唇小帯と同じく、乳幼児期に異常な状態であったとしても、ほとんどの症例で舌のヒダの付着位置は口の奥の方へ加齢的に変化 していきます。


舌を前方に突出したとき、舌先が割れる。舌先を口蓋へ挙上したときに口蓋にとどかない。

(1) 舌小帯の機能とその障害

舌小帯異常の判定基準

1 .舌を前方に突出させたとき、ハート型にくびれる

2.口を開けさせておいて、舌を上唇に触れさせるが、それを下唇がサポートする場合

3.上唇に触れさせたとき、舌の先が下方を向いている


舌小帯は、舌を前に伸ばすことと、後ろへ動かすことを調節する役目をはたしていると言われています。すなわち、舌小帯の下には舌を動かす筋肉が存在し 、この筋肉が舌を前方に押し出したり、舌の先を上に持ち上げる機能を有していますが、その上方にある小帯の付着位置によっては、筋肉には異常が無いのに、その作用が阻害されることになるのです。小帯の付着位置が舌ウラの奥の方にあるよりも、舌のウラの先の方にある方が、障害が引き起こされる事が多くなります。その障害は、



1.発音(舌の先を用いて発音するラ行、タ行、サ行の構音障害)

2.哺乳や咀嚼障害

3.不正咬合

4.審美障害などが挙げられます。



中でも発音に関する障害については、舌小帯が加齢的に変化することから、年齢的に障害とみなされなかったり、哺乳についても、種々の意見があります。しかし、舌小帯の異常は形態だけでなく、むしろ機能面から捕らえるべきです。



症例によっては、たとえ乳児であっても明らかに他の原因がなく、舌小帯の異常によって哺乳や咀嚼に障害をもたらしているのであれば、切除は必要でしょう。 しかし形態的な異常のみであるのならば、十分な経過観察後でも遅くはないのではと考えます。発音についても、機能的障害がなく、正常形態に移行しつつあるのなら、構音完成の5〜6歳まで観察しても良いと考えます。その年齢まで発音がうまく獲得されない時にのみ切除手術を行えば、小児の精神的発達も十分であり、局所麻酔下での手術が可能となります。



もちろん、手術のみでは発音や舌の運動障害が改善されにくいと言う場合もあります。舌小帯異常のある患者さんのほとんどは、舌を上アゴ側へ持ち上げることができず、正しい発音の獲得が難しい場合があるため、小帯を手術する前にきちんと発音や舌の機能訓練を行い、その獲得不十分な場合に手術を行うのが良いと考えます。