楽器と矯正治療

衛生士 井上

こんにちは。衛生士の井上です。私自身、高校の吹奏楽部でホルンを始め、大人になった現在も市民オーケストラでホルンを吹く音楽愛好家です。中学の時からバイオリンを習っていて、成人してからは、ホルンと並行しながらコントラバスも演奏していた時期もありました。
楽器をしていて矯正を始めたいという患者さんを多く見かけます。矯正しても大丈夫かな?
そんな患者さんのヒントになるように矯正と関係がありそうな楽器の特集を組んでみました。
今回は管楽器だけに留まらず、弦楽器についても言及してみたいと思います。

管楽器

管楽器は大きく分けると、以下の様なグループがあります。

木管楽器

リードというパーツを振動させて音を出す楽器

金管楽器

マウスピース(MP)を使って唇を振動させて音を出す楽器

弦楽器

弦楽器は、以下の4つに分かれます。楽器が大きくなるほど低い音域を担当します。
この中で特に矯正治療に影響しそうなものには、バイオリンとビオラが挙げられます。
楽器を顎で抑えるので、噛み合わせや歯並びと関係する可能性があります。

♪良い響きを作るためには、できるだけ余計な障害を作りたくないものです。♪

<楽器を演奏する時に障害となりそうなもの>

(1)歯並び

歯並びが悪いとマウスピースがまっすぐに当たらず息を通しにくかったり、綺麗な音を出すためのアンブシュア(口の形)が作りにくかったりします。

(2)舌の癖

口の中を通って息の流れを作り出すので、舌の柔軟性がないと、音楽の表現力の幅が少なくなってしまうかもしれません。例えば、強い音、弱い音などの使い分けが難しいです。

(3)矯正装置

歯並びと同じで凹凸が増える為、口元の形態を作るのに苦労するかもしれません。

(4)呼吸

音の響きや表現力は呼吸がとても大切です。深く息をする腹式呼吸を使います。

(5)姿勢(態癖)

体の中に息を効率よく通すためには、姿勢も大切です。(背筋を伸ばしてまっすぐといった姿勢とは違うのですが、息の通りを考えた姿勢が大切です。)
弦楽器も楽器を構える良い姿勢のバランスがあります。

(6)体力

スタミナが不足していると、長時間の演奏に耐えることができません。唇のスタミナ、顔の周りの筋肉のスタミナ、全身のスタミナを伸ばす必要があります。

(7)その他

鼻づまり/口腔内や鼻腔粘膜の炎症/口内炎/やる気/緊張/ストレス/心の健康 などなど・・・

上記の様に、音を出すために必要な要素は様々です。
歯並びを治したり、舌のトレーニングをすることが、楽器を吹きやすくするための助けになることがあります。

現にプロの奏者は、音楽の表現力を高めるために敢えて矯正治療をする人もいるくらいです。
さらに、姿勢や体力は、とても重要な要素です。良い響きを作り出すためには、口元は確かに関係するのですが、それだけではなく、それ以外の部分も大きいなぁ。。。ということを長く楽器を続けていると感じます。

<矯正装置> 矯正装置を付けていても、音を出すことは可能です。

ただし、凹凸が増えるので、吹きにくくなることは事実です。歯並びは1ヶ月に1ミリほど動いて行きます。
毎日少しづつ移動していくので、形態の変化に合わせて、口の周りの筋肉バランスも変わっていきます。
その変化に対応していかなければならないので、練習をして唇の柔軟性をつけていく必要があります。
この辺については、個人差があり、元々の歯並びや、楽器の種類、日頃どれだけアンブシュアを意識して練習しているか、個人の力量、目標としているものなどによっても違和感の差は違うかもしれません。

<ブラケットの厚さ> 厚さが少ない方が、振動を抑える障害は少ないかもしれません。

*人によって個人差はあります。あくまでも参考程度にお考えください。
当院で使っているブラケットの厚み (右上1番/おおよその数値です)

<口唇にかかる楽器の圧力の差>

金管楽器(トランペット・ホルン>ユーフォ・トロンボーン・チューバ)>木管楽器(シングルリード>ダブルリード>フルート)の順で影響が大きくなることが予想されます。

♢木管楽器に関しては、ダイレクトにブラケットと口唇が当たるわけではないので、比較的音を出すという点では 対応しやすい様です。
♢金管楽器は、ブラケットの上にダイレクトに粘膜があたり、更にマウスピースで押し付けてしまうと痛みを感じ てしまうことがあります。特に、マウスピースの小さい楽器ほど、その影響は大きくなることが考えられます。

<管楽器> ブラケットが当たって痛い時の対応方法

(1)ワックス
(2)コンフォートカバー
(3)あぶらとり紙
装置周りに貼り付けて、スレや口唇粘膜のくい込みを抑制します。

(4)その他
どうしても痛い時は、思い切って休息をとりましょう。
日々変わる口の周囲の変化へ対応が難しくても当然です。部活の先生や友達、 サークルの仲間に相談して、少し休息をとっても良いと思います。

<矯正装置をつけた時に考えられる口腔内への影響>

(1)装置の口唇粘膜への刺激

装置が当たることで、口唇の裏側粘膜に傷を作ったり、痛くて吹けないということが起きるかもしれません。

(2)装置があることで、口唇粘膜や口唇の動きや滑りの妨げになる

アパチュアのコントロールが大事なフルートや、下顎の位置をコントロールする金管楽器で、問題が起きることが多い様です。

(3)歯の形態変化によるアンブシュアの変化

矯正装置で歯の形態が変わるため、口腔周囲の筋肉バランスに変化があったり、マウスピースとの当たる位置も変わるので、思う様に音が出ないと感じることがある様です。

(4)抜歯時の空隙による空気の漏れ

空気が漏れてしまうので、口唇や頬の支えがなくなり吹きにくくなることがあります。
治療が進み抜歯スペースが閉じてきたり、そのバランスで慣れてくれば一次的なことが多いでしょう。

<そのほか予測されるトラブルへの対応方法>

(1)ワックスやカバーを付ける。

当院では、ワックスと、コンフォートカバーを用意しています。

(2)ブラケットの厚みが少ないものや角に丸みがあるものを選択する。

演奏する楽器によっても違いますし、厚みに関しては、微妙な差であることや、厚みのあるブラケットを使っていても、何とかこなして吹いている人もいるので、個人差が大きいのだなと感じています。

(3)治療可能な歯列なら、ブラケットを使わない治療を選択する。

全ての治療に対応できるわけではありませんが、取り外しのできるマウスピース矯正治療(インビザライン)という選択肢もあります。ただし、ブラケットでの治療に比べ治療のゴールに限界があったり、歯牙移動をコントロールするための小さな突起(1mm程度の厚み)を歯につけるのですが、その出っ張りが気になる場合もあります。

(4)治療内容を考慮して予約を取る。

演奏会やコンクールの直前は避けるなど、予約の時期を事前に相談しながら進めて行く。
直前では対応できかねる場合があるため、心配な場合は、事前にご相談ください。

(5)装置が早く外せる様に努力する。

・定期的に通院し、来院間隔が空きすぎたり、急なキャンセルがない様にする。
・顎間ゴムや顎外装置がある場合は、使用時間を守る。
・舌の癖のトレーニングなど、力のバランスをコントロールすることも積極的に行う。
・むし歯や歯周病にならない様に歯磨きや食生活にも気をつける。
きちんと通院できていないことや、装置が使えていない、むし歯になったなどで治療期間が長くなってしまうことがあります。積極的に治療に取り組んでもらうことが、早く装置を外す近道です。

矯正装置は、楽器をやっていない患者さんでも、最初は違和感があり気になるものです。
体質によっては唾液量が少ないため、滑りが悪くなったり、口の周りの筋肉が強くて圧迫されて痛かったりします。しかし、徐々に形態や動きに慣れて行く方がほとんどです。
楽器をやっている方も最初は違和感を訴えていたけれど、慣れて吹いている方も多くいらっしゃいます。
まずは、自分の楽器や歯並び、モチベーションなどをよく考慮して、わからないことや心配なことは、相談しながら対応して行くことが大切です。

参考資料:こちらより一部抜粋させていただきました。

<弦楽器> バイオリンやビオラは、左側の鎖骨の上に楽器を乗せて、顎で挟んで演奏するため、顔を左側に傾けて演奏します。

弦楽器の場合は、ブラケットが付いていても問題なく演奏ができるので、矯正治療をする上であまり影響がない様に感じるかもしれません。
しかし、同じ姿勢を長時間続けていると歯並びや噛み合わせが変わってくることがあります。
もちろんバイオリンやビオラも、良い響きを作るための姿勢やバランスがあるのですが、元々の楽器の演奏形態が左側の顎を使うため、長時間演奏していると、頭が傾いたり、噛み合わせが右横にずれたり歯列に影響する場合があります

<態癖> 日常生活習慣の中で行う様々な癖のこと。

バイオリンやビオラだけでなく、弦楽器、管楽器を含む全ての楽器演奏者には、態癖があると思われます。
それらが長期に及ぶことで腰痛や肩こり、歯の崩壊へと繋がっていきます。

長時間同じ姿勢を続けることはできれば避けた方が良いのですが、日常生活上、難しい場合も多々あると思います。まずは、自分がその様な癖をしていないか、体幹を意識したり、自分の癖に気づくことから始めましょう。
定期的に休息をとり、1時間に1回は姿勢をリセットするタイミングを作ると良いでしょう。
楽器奏者の方は、普段の姿勢が楽器を演奏する姿勢になっていないか、頭の位置、噛む位置などを意識してみましょう。

<まとめ>

矯正治療と楽器演奏は、何かしらの負担が出てくることは事実です。痛みの感じ方や、敏感さも個人差があるた め人によって、治療しながらの楽器演奏は向かない場合もあるかもしれません。しかし、目標を何処に置くかと いうことを考えながら臨めば、全く対応できないわけではないと思います。
以下の点を考慮してみてください。

☆成長期
☆受験
☆将来の目標
☆やりたいことのタイミング

私の担当患者さんでホルンがとても上手な学生さんがいます。「マウスピースを押し付けると響きがなくなるので、ブラケットがあっても押し付けすぎない様に吹いている。」対応できるという前向きな意見を聞きました。
また、当院のスタッフの中では、ブラケットがついている最中にクラリネットを吹いていて、吹奏楽コンクールに参加し、中学の全国大会で優勝した経験がある人もいました。
もちろん、個人差はあり、同じ様に頑張っているのに、うまくいかなかった例もあるかもしれません。

それでも、楽器を演奏しながら、矯正を始めた方が良い場合も出てくると思います。そんな時は相談してみてください。ワイヤー調整の間隔や予約の取り方を考えたり、当たって痛い時にはカバーを紹介したり、姿勢が崩れている時には、良い姿勢をアドバイスしたり。。。
私たちも、皆さんの頑張る気持ち、好きな気持ちをできるだけ応援したいと考えています。